中高年のhojo記

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今年の特別な夏

今年の終戦記念日は66回目、米国との開戦から70年目というわけだが、
その10年位も前からすでに中国とは戦争をしていたのだということを忘れては
いけない、ということは前にも書いただろうか。

毎年どうしても、この時期を黙って過ごすことはできないが、今年は特に、
3.11東日本大震災を経験し、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマとつながってしまった、
特別な、特別な66年目の夏だ。

この時期に多く放送される、開戦、戦中、終戦に至る真実の一端を語る
ドキュメントや映画・ドラマなどを見るのが、最近の私の「正しいお盆の過ごし方」
である。残り少なくなった生き残りの方々から、やっと絞り出される貴重な体験談を、
しっかりと見聞きしておかなければならないと思うのだ。

私ごときが知らなかったことをここ数年必ず1つは知る、などというのは当たり前
かもしれないが、この大戦にまつわる真実を語る新しい事実が、66年経ってなお
発見されている。いや、数十年経ったからこそやっと世の中に出てこられたという
情報もあるというわけだ。
戦後、GHQ統治上の都合と日米政府のその後の利害思惑で、長く極秘資料と
されたものが多くあり、今後なお、世の中に明かされる事実がまだあるのだろうと
いうことも改めて思った。

今年知ったことで最も衝撃を受けたのは、原爆が投下されることを、その5時間
以上も前に、ヒロシマとナガサキの両方ともに軍部は知っていたということだった。
米国に比べて日本の情報力はなかったといわれていたが、決してそうではなかった。
情報部は1か月以上前から米軍の動きは傍受していて、当日も上に報告をしている
のに、なぜかどこかで握りつぶされたか無視されたというのである。
当時情報部でこの情報を上層部に上げたという、貴重な証言者が、「知っていた
のに…何の手も打てなかったのが、今でも本当に悔しい」と述べていた。
せめてこの爆弾が落ちるという空襲警報だけでも出ていたなら、あんなに大勢の
悲惨な被害者を少しでも減らすことができただろうに!と。

本当にこれは、この大戦の歴史の中でも最大級のナゾである。
この時、空襲警報がまったくなかったというのは事実だったらしい。そういえば、
井上ひさしの戯曲による映画「父と暮らせば」でも「空襲警報もなかった…」と
いう主人公のせりふがあって、たまたまこのドキュメンタリーの後でこの映画を
観た私は「あっ」と思った。井上ひさしは、この史実をふまえて書いている。
家の外に出たばかりの父と娘の生死を分けたのは、偶然灯篭の陰になった
娘とまともに空を見上げた父との差だった。

この夏に実は亡くなった、私の好きなタイプの俳優 原田芳雄演じる父は、ヒロシマの
原爆で死んだのだが、生き残った者の"罪悪感"を持ち続けて苦しむ、娘の宮沢りえ
を案じて(幽霊になって)毎日出てくる話である。
井上ひさし一流のおかしみをちりばめながら、涙もろい私でなくても涙なくては観られない、
ほんとうの反戦・反原爆映画だった。そもそも舞台劇用に書かれたものだから、
私好みのせりふ劇で、ぜひ舞台も観たいと思った。丸谷才一も「戦後日本の最大の
喜劇」と称賛したという。

どうしてこの、人類初の残虐悲惨な道具を使われる前に終戦できなかったものかと、
多くが思うところだが、3月10日の東京大空襲辺りから終戦に向かう、天皇周辺の
動きの興味深い話も新たに知った1つだった。


・・・というところで、思った以上に今回のハナシが長くなったので、この続きは次回に
することにしよう。
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# by mitakayoko | 2011-08-16 17:36 | Comments(2)

かくて今年も暮れなん

あと数時間で暮れようというさきほど、子どものころのにぎやかだった実家の大晦日を想い出していた。
今ごろの時間は、「年越し」という一家の最大イベント、いわば家族だけでやる忘年会と新年会が一緒になったような大宴会の宴たけなわ、一家団欒の最高潮の時間帯だったなぁ・・・。

大晦日の夕方までに、母が何日間かかけて作ってきたおせち料理類や海のもの、"口取り"と言っていたデザート、手作りの羊羹を主とした今で言うスイーツまで、ご馳走を全部並べて、お屠蘇、お神酒も作り神棚に上げて、子どもたちにも全員、「ハイ、いっこん(一献)、にこん(二献)」と言って父が一人ずつに形ばかりのさかづきを授けてから始まるのである。
それらのおせち料理は、三が日分ぐらいはどっさり作ってあって、明けて元旦は、母は大家族の主婦を解放されてのんびりと過ごすという慣わしだった。
母の作ったうま煮はほんとうにおいしくて、結婚した後も自分では同じように作れず、母のうま煮を食べたいとよく思ったものだった。

最近、みのもんたのTV番組ケンミンショウというので取り上げられていて、それが北海道特有のものだったとは、それまで知らなかった! 料理の種類の多寡や、宴会の盛り上がり方などは家族によって違いがあるだろうことは思っていたが、大晦日には「年越し」という名の家庭内大宴会をやらないほうが、日本では普通だったということを改めて確認したのだ。

結婚して、九州のつれあいの家に初めて行ったとき、宴会はおろか蕎麦だけで話もはずまない静かな大晦日の過ごし方に、「なんて寂しい大晦日なのだ!?」と驚いたものである。今思えば可笑しいが、家族全員がしゃべりだしたら止まらないにぎやかなウチと、明治の父親以外はみんな口数少なく静かなつれあいの家とは、その後も大きな違いをいろいろと痛感して行くことになる。

さて、今年の政治の世界は、小沢問題に始まり小沢問題に終わるという、なんとも言いようのない憤りが、不毛感、無力感と共に残った年の瀬である。
去年のちょうど今頃に、大きな不安を押しのけて、なんとか明るいほうに期待しようという祈る思いは、やはりあえなくついえたというべきか・・・。これは民主党という与党に関してだけ言っているのではなく、日本の政治状況の酷い貧困さを言っているのである。それはマスコミ、メディアを含めた日本の政治思想の超未熟さが露呈され、行き詰まっているということだ。

国会内外で醜い足の引っ張り合いがひどいと思うのは、別に今に始まったことではないのだが、特にこの大変な時期にそんなことをやっているヒマはないだろう!というのと、民主党が初めて与党になったことで、見えないようにやる隠し方が下手で、菅さんなど市民運動の出だから、民主的な手続きを踏もうとして下からの意見を聞いているうちに、手の内が外からも丸見えになってしまうから、突っ込みどころ満載になるのか。
Mという女性議員が(かつての美人の面影はどこへやら?!) 恥を知らない醜悪な野次を飛ばし、内容のない品悪の質問を繰り返す。それを手柄のように持ち上げる自民党やマスコミ。
あぁ~国会はいらない!これこそわれわれの血税の無駄使いだ!と思わざるを得ない。

菅首相は理念がない、思想がないと批判されているが、全く志がないわけはないだろう。
ただとにかく何事も説明がなさ過ぎで、思いを伝える説得力がない。「最小不幸社会」を作るんだと言ったのだから、それをもっと述べればいい。誰かがこのネーミングがあまり良くない、「不幸最小化社会」と言うほうが分かりやすいと言っていたが、とにかくいろんな雑音に惑わされずに、国民のほうをしっかり見て、志とともに政策の方針を訴えなくてはいけない。

日本の社会は、そこそこお金があっても幸せではない老人が増えたと痛感させられたのが、
2010年、戦後65年のこの夏だ。「消えた高齢者」100歳以上の人が271人もいたことで明らかになった現在の日本の姿。
毎年3万2千人もの自殺者数がもう13年間も続いている。その昔はこんなことはなかった。貧しくても一家団欒があり、家族の絆は強かった。
だから私は、多少貧しくても幸せに暮らせる社会を作れるはずだと思っている。これからは経済的に伸びなくても不幸な人が少ない社会を作るにはどうしたら良いか? という哲学を国民に真摯に語り、そのための政策を国民に説得し訴えてほしいものだと思う。

しかし、この情けない混沌状況は、後の歴史から見れば次に来る時期のための助走期、必要な過渡期、産みの苦しみの時期だった、ということになるかも知れないし、だいたい、そんなに暗く考える必要はないとも言える。内ばかり見ないで、外からの眼で見れば、外国人からの好感度の高い国で、安全平和度が世界で3番目であるということは誇りを持って良いことだ。
今年の明るいニュースの一つだった"はやぶさ"の帰還でも証明された、日本の高い技術力やノーベル化学賞を受けたお二人のような日本の知力をもって、地球環境を良くする先頭に立って発信していくことで、日本の「我が道」を切り開き貫いて行ってほしい。

特筆しておきたいのは、斉藤佑ちゃんが北海道日ハムに入団が決まったことだ! 北海道に行くことになるとは、夢、思わなかったことで、私としてはこんなに嬉しいことはない!! 今後の日ハムはもちろん、かつての良きライバル、マー君のいる楽天もパリーグだし、今まで熱心に見ていたわけではないのに、来季のプロ野球が楽しみになった! 
甲子園のあの感動から丸4年が経ったとは、本当に早いものだが、元ハンカチ王子はちっとも変わらないで、ますます爽やかで、疲れた時でもほんとうに癒される。

毎日新聞 夕刊の編集長が書いていたが、斉藤佑樹投手にはある"懐かしさ"を覚えるという。それは、佑ちゃんの「もっている」全体もさることながら、彼の言動から感じさせる理想や純粋さというものを指しているらしい。それらは本来青年が持っているものだから、懐かしさを感じさせるのだろうということだった。
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# by mitakayoko | 2010-12-31 22:51 | Comments(2)

日本の八月

今年も八月が来て、八月は日本人にとって特別な月だから、やはり何も思わずには
通り過ぎることができない。

8月6日、9日、15日という日は、今年で65周年だった。
12日は御巣鷹山の25周年を迎えた。
あの時幼子だった遺児が結婚して、生まれたばかりの子どもを、御巣鷹に眠る父に
逢わせようと、初老の母とともに登る姿を見たことなどで、520名もの人たちの
一つ一つの家庭に流れたであろう、重い重い25年の時の流れを想わずにいられない。

8月15日が終戦の日だったはずなのに、実はソ連とはこの日の後に戦争を開始した
占守(シュムシュ)島という北の島があったということを最近知って、衝撃を受けた。
ソ連は日本との不戦条約を一方的に破って攻め込んで来、北方領土を占領したわけだ。

一方、今年の八月は、35℃以上の暑さが連日で、「猛暑」という天気用語が日常
になってしまった。クーラーを1日中つけているのが当たり前になり、今日も
熱中症で亡くなった人が何人も出たというニュースである。
もっとも、死亡に至るのはクーラーがあっても、逆に身体に悪いと思い込んでいて、
クーラーをつけない一人暮らし老人などが多いようだ。

所在不明老人というのが次々出てきたのも、この夏のショックな事件だった。
戦後65年の間に、この人たちが営々と築いてきた家庭が、家族が崩壊して行ったと
いうことか。日本の戦後はこんなにも家族の絆を弱くして、人と人のつながりを
希薄にして来た。それが世界第2位の経済力、便利な暮らしと引き換えにして失って
来たものだったとしたら、果たして私たちは何に向かっているのだろうか。
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# by mitakayoko | 2010-08-16 23:36 | 時事問題 | Comments(0)

怪しい季節

今年は元旦の新聞から「政治とカネ」の話で賑わい、何か危うい年になるのかなあと思っていたら、それから3ヶ月余、やはり多くの"事件"が多発している。

1月早々には最貧国ハイチの大地震があり、子どもたちはどうしているかと憂いている間もなく、また昨日、中国の貧民チベット族の多い山岳地帯が大地震に見舞われたという。家屋の9割が倒壊して、生き埋めになっている多くの人たちがいるとのこと。なんということだろう。
いつも貧しい人たち、子どもたちが真っ先に最も酷い目に遭っている現実がある。

この3ヶ月、ますますクビの締まって来た鳩山政権支持率は、あれよあれよの急降下で、テレビなどは「ならば新党」とばかり、第3の道を追っかけることにやっきのように見える。
結局、一番ミーハーなのはマスコミということなのか。
新聞テレビが「今流行りは何か?」と追いかけるというより、先になって作り出すのは、ファッションや商業界だけにしてほしいものだ。

一緒になってみたら、どんなに外で偉いダンナさんも、ひどい欠点がボロボロ見えてきてしまうというのと同じで、民主党の駄目さも見事に山ほど出てきた。それでも、古女房の?大人の女性の支持者がまだ比較的多いというのは、この逸話に関係があるのかもしれないな~。
しかし、「カネ」の問題はもちろん、古い自民党のシッポを残したような「利益誘導」型の、権力をチラつかせて選挙を勝とうとするやり方だけは、自民に代わる新しい民主的な政治に期待した人たちをみごとに裏切るものだ。それだけは許せないと思う。
どちらにしても変えるということは難題だが、もう少し説得力をもって解決に当たれないものか。

今年の花の季節は気温の乱高下激しく、今日も冬の寒さがぶり返すおかしな気候で、北国は、昨日から吹雪のような厳しさと聞く。東京は花冷えが続いたので、今年は長く花見ができたはずだが、私はその余裕もなくあくせく過して、もう先週末で花も終わったなあと、しかし葉桜もまた良しかなと見ていくと、何と、真っ白で満開の大木があった。一瞬、これは何の花? モクレンじゃなし?
みごとに白い桜でした。去年も見たはずだが、こんなに白かったのだろうか? 近年、桜の色がどんどん白くなるというのは感じていましたが、まさにこれは本当に真っ白で、よく見れば花びらのごく芯のところだけかすかにピンク色をしていた。

今年のおかしな陽気のおかげで、このみごとな怪しいばかりの白い桜を見ることができたのなら、まあ良しとしようか。
それにしても、危うい怪しい季節は3-4月だけにして、これからの今年は、あまり怪しいことはナシにしてほしいと願う。


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# by mitakayoko | 2010-04-15 18:13 | Comments(0)

早くも!・・・

1年経つのがほんとうに早いと感じながら、今年も暮れようとしています。
しかし思い起こすと、その中にも実はさまざまな”重大ニュース”があったのでした。

「早くも」支持率がひどく低下してしまったというオバマさんですが、その理想を掲げた演説に拍手し、アメリカ人の「チェンジ」精神に感心したのは、まだ今年のことでした。
春には、WBCで劇的な2連覇を成し遂げたあの「サムライジャパン」!に感動したことも、忘れたくないことです。

公私・心身ともにちょっとだけ忙しさが増したということはありますが、それよりも単に無精でこのブログを長くさぼっていたのですが、ふと久しぶりに書いておこうかなと思ったのは、「早い早い」と言っているうちにまた1年が経ってしまうなあと思ったときに、上のような出来事を、あ、そうだ忘れていたじゃないか?! 大切なことなのに! という思いが湧いたからです。
それに、なんとも品の悪い空き巣狙いが入っていたりするので、閉鎖しないならたまには管理しないとね。

ちなみに月日が「早い」と思えるのは、自分の生活が平和な日本で、大過なく変わらぬ毎日を過ごすことができたからでもあると思います。感謝。
去年に続いて、忌野清志郎や田 英夫さんなど、決して亡くなってほしくない人たちとの別れがあったことも、記しておかなければなりません。

夏の終わりには、日本の歴史に大きく残るであろうことが起こりました。
くるくると総理大臣が無責任な辞め方をして、さんざん延び延びのあげくの総選挙でしたから、もう飽き飽きしていた国民のいわば当然のような、しかし半世紀ぶりの選択結果ではありました。
それが、「蜜月」の100日が過ぎて、麻生政権のときにも聞いたような「ブレが多い」とかリーダーシップがないとかという批判が「早くも」噴出しています。

マスコミというのか、評論家のみなさんは、批判・追及が使命と任じているからか、とにかくすぐ点数をつけたがるし、欠点をあげつらうのが好きですね。それは旧政権時代と同じなのですが、「庶民の声を代弁」して言っているつもりなのには首をひねりたくなるものがあります。
半世紀ぶりに選択した国民に、マスコミは、「結局前と同じだぁ」と思わせたいのだろうか? と思う今日この頃の年の瀬です。

某評論家が、「せっかく政権交代をしたのに、やっぱり同じことか…という政治不信が強まる」という言い方をしていましたが、本当にそうかしら? そういうふうに国民の多くが考えると思うのは失礼じゃないの? インテリの驕りじゃないの? と私はちょいと思いました。今さら"政治不信"だなんてコトバでくくられてもね~。
成熟した国民の中には「投票した以上は自分にも責任がある」と、主体的に考えている人も多いのではないかしら?と。
たとえば、例の「事業仕分け」。特に蓮舫さんは厳しい賛否両論にさらされて大変でしたが、あれはやはりパフォーマンスなどではなく、政権が代わったからこそできたことであり、象徴的なことだったろうと思います。以前には不透明だらけだったことが、かなり白日のもとに行われようとしている、ということです。

しかし現政権は確かに、手探り状態の若葉マークという感じは否めませんね。
いろんな立場と意見があって、それを誠実に考えようとすれば迷うのも当たり前なのだけれど、十分内輪で議論して意見が一致してから表に出せばよいものを、それ以前に外に出てしまうのは、いかにも基本を踏まえない下手くそさを露呈しています。

不十分なことをあげつらえば沢山ありますが、前と変わったと思うことはやはりあります。だいたい、国の来年度の予算が92兆2992億円だとか、そのうち税金収入はたった37.5兆円ぐらいだとか、国債で44.3兆円もまかなわなければならなのだ!とか、そんな数字のやりとりに、参加意識をもって今まで多くの国民が見ていたでしょうか? 

政権交代は本当の民主主義の始まりだと言われましたが、その意味はこういうところにあるわけですね。
すったもんだの苦労の末に、社会保障費はかなり増やして公共事業費は減らしたというところに、"コンクリートから人へ"の民主党政権らしさは出せたというところでしょうか。
どちらにしても、マニフェストの一字一句に賛成して投票したわけではない多くの国民は、「国民との約束」というそれが破られるにしても、どのようにして破られるのか、どういうわけで守られるのかが、信頼できる筋道で明らかにされることこそを望んでいるのではないでしょうか。

今年は公設になったとはいえ、派遣村で年越しする去年を大きく上回る数の人々がいます。
不況がますます深刻化して来たさなか、民主党新政権は理想と現実のはざまで苦しんで行くでしょう。しかし、国民はもう少し期待したいと思っているのも確かです。よく結婚になぞらえて言われる政治の世界、できればこれ以上嫌気がさすようなことは見せつけないで、とどこかで願っています。

来年末には公設であれ、派遣村などがなくて済むようにと祈る気持ちです。
また来年も「早い早い」と言いながら、やはりブログ書込みはマメじゃなく過ごすことでしょう。
今年がんばったあなたに、お疲れさま!そして良いお年を!
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# by mitakayoko | 2009-12-31 22:08 | Comments(0)
今年は早い入梅と思ったら、梅雨の晴れ間が結構気持ちよくありましたね。
本格的なツユはこれからでしょうか? 今日は「正統派」梅雨空という感じになってきました。

5月半ば、中国四川省で何万人も死亡する大地震で、いまだ犠牲者が出ているというときに、
6月に入って1週間の間に秋葉原の凄惨な事件があり、岩手・宮城内陸地震が起き、毎日毎日被害に遭われた方々の話がまだ後を絶ちません。
次々と、どうしてこんなに酷いことが起きるのか? 1つの事件に驚いている間に、すぐに次の事件が起きてしまう現代。
若い世代の通り魔的な事件があちこちで起きるので、どれがどれやら分らなくなりますし、凄すぎてついていけない、という気持ちです。

毎日私も、仕事と自分の趣味の世界で明け暮れるのに精一杯ですから、ある意味では、こんなことについて行かなくてもいいと言う方もいらっしゃるでしょうけれど、1つ1つのニュースの理解や意味の咀嚼ができないままに、次々と流れていくようで、これがまた、こういう若者を育ててしまっているのではないのか? と危惧します。 
がっちりと生身の人間の胸ぐらをつかまえて対峙するような付き合いが少なくなっている、避けているという感じですね・・・。ケータイやネットにばかり向き合っている人間が増えているとしたら、人として脆弱・希薄になるのは当然かもしれません。
路地裏で泥んこになって遊ぶ子どもたちのにぎやかな声は、今、聞きたくても聞こえてこないですものね・・・。

秋葉原の事件を起こした犯人が、「酒鬼薔薇」世代ということで気持ち悪いというだけではなく、決して特殊な人間ではないのではないか?と思えるところが、現代のもっと怖いところです。
日本ではもう10年連続で年間3万人以上の自殺者がおり、うつ病や30代の過重労働死も増えているとのこと。後期高齢者問題といい、軒並み値上げラッシュで、中高年も若者も将来が不安で生きにくい世の中です。

でも、殆どの人は世の中のせいにはせずに、実直にコツコツと生きているんですよね!
・・・と思いたい。
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# by mitakayoko | 2008-06-19 16:12 | Comments(0)

黒澤 明特集を見る

没後10年 黒澤 明特集が4月からBS2でされていますね。
12月までに全30作品がTV上映されますが、GWの間にこの30作と黒澤をめぐる番組が長時間あり、貴重な自分だけの時間を満喫することができました。また今週は初期の作品を毎晩9:15から見られています。

明日は姿三四郎に次ぐ第2作目の『一番美しく』。明後日は確か三船敏郎のデビュー作『酔いどれ天使』です。今回のBSではもう終わってしまいましたが、『用心棒』のときのあの三船のすごさカッコ良さは、何といっても日本の俳優では他に類がない、今見ても本当にいいです!! 三船との出会いは、黒澤にとっても黄金期の映画作りができた幸せな出会いでしたね。三船は東宝ニューフェースに応募して、(態度が悪いとか?で)落ちそうになったのを、黒澤の師匠の山本嘉次郎監督や黒澤が推してスレスレで合格したとのことでした。

今晩の『続姿三四郎』は第3作目、終戦の年の4月下旬に封切されたとのことで、この辺りは前年から空襲が始まっており、3月10日には東京大空襲もあったという時代背景に、多少驚いたり複雑な感慨を持ちました。
姿三四郎を撮ったときのことを、後に黒澤本人曰く「楽しくて仕方がなかった」。片方で戦争とはまったく無縁に映画作りに邁進していた人間も居たというわけですね。

明晩の『一番美しく』も戦時中の作品で、実際には当時の女子挺身隊というものをよく知らない者として、しかも、黒澤が検閲下に作った"戦意高揚"ものという意味でも興味深い気がします。有名な黒澤作品群とはまったく異なるように思える作品なので、逆に見たいと思います。
この映画に出演した矢口陽子さんという女優と、黒澤は翌年に結婚しているのですから、彼にとっては実は大きな意味を持った作品でしょうとも思います。

『影武者』の時には資金難に苦しんだ黒澤を助けて、フランシス・コッポラやジョージ・ルーカス監督らが資金集めに協力した話は聞いたことがあったが、実際にこの三人の巨匠が同席してこのことを話していたり、イタリアのフェリーニ監督が語っている録画を見ると、やはり、黒澤は日本人より外国人のほうが理解しやすいかも知れないと思いました。 
確かにフェリーニのようなあの絵画的派手さ、哲学的難解さ、リアルさと幻想性、アメリカの巨匠たちのようなスケールの大きさと巧緻さと大娯楽性!・・・。また時代の影のこともいつも頭にあったように思われるのが、黒澤映画の奥行きの深さでしょうかね。
あの我々がいつも見慣れているサングラスを取ったときの目が、垂れ下がって優しそうな目をしているのに現われているように、複合多面体です。

私は30本のうち何が一番好きかって? この際に残りも全部見てから考えてみようっと。
ところでこのブログタイトルを少し変えました。実はずうっと"豊穣"ってのは気恥ずかしかったのです(そもそもは方丈記が好きで、駄洒落的につけたのですけどね)。あまりに現実と真逆だったので、、、ほんとは小文字のhojoってとこです。。。あくまで願望ということで。
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# by mitakayoko | 2008-05-07 23:35 | Comments(1)

桜爛漫

今日はせっかくの休日だったのに朝から雨でしたが、花冷えながら午後は晴れたので、
早速お花見に出かけました。
近くには、見事な桜並木がたくさんあるのですが、なかなか思うようなショットが撮れません。
まぁ、とりあえず自身で撮った桜としては初めてということで、載せておこうと思います。
これは、近くの公園で。
満開の下、ハラハラと風に散る桜並木の中を散策して、満喫しました。

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# by mitakayoko | 2008-03-31 22:58 | Comments(0)

桜の季節・行く人来る人

今年も急速に桜満開の季節になりましたね。
自宅の辺りは、歩いても行ける範囲にたくさんの桜があるので、それだけで幸せな気分になります。古今集の昔から現代の歌をあげるまでもなく、桜が大きな位置を占めてきた日本の文化。
サ・クラとは「神の座」つまり神の宿るところという意味があるそうですが、やはり桜には尽きせぬ不思議な魅力があります。

その魅力は、実は北国で暮らして居た若い頃には、よくは分っていなかったように思われます。本州の桜、それもやはりソメイヨシノが爛漫と咲き誇る姿には、自ずと惹きつけられるある種の魔力や、もっと言えば時には狂気みたいなものまで感じられ、日本の文学や映画の世界で描かれている精神に、「あー、これが"日本"だったのかぁ~」という思いでした。

折も折、職場では頼りがいのある有望な新人が入ってくれて、喜んでいます。
一方で、今は別の配置ながら以前にコチラ勤務もあったということで、退社にあたって丁寧にご挨拶に来てくださった人がいました。
人は職場の辞め方が大事です。どんな辞め方かでその人の社会人としての成熟度はもちろん、人としての価値が決まるといわれます。
入るときには、どんな人でも良い顔を見せていますし、悪い評価でスタートする人はあまりいませんが、辞めた後にどういう思いを残すか、ですね。

その方が下さった、『銀のぶどう』のさくらパイのきれいでやさしい味だったこと!
ほんとうに一片(ひとひら)の桜の花びらのような色と形のお菓子で、"西洋和菓子"という銘のとおりの、桜を永く愛でてきた日本人ならではの一品でした。 
職場のみなさんで分けてしまって、しかも私の分をよく味わって食べてしまってから「あ、写真・・・」と、気がついたのですが、これまた立派で美しい桜色の箱は持ち帰って来て良かった!
この写真だけ撮ることができました。やはり撮り方がヘタですが。。。
感謝と彼の再出発を祝す気持ちに変えて。

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# by mitakayoko | 2008-03-29 16:58 | Comments(2)
もう1月も末になりましたが、昨年暮れに一部オープンした三鷹エキナカは、なかなかの好評で、いまだに行列をしているお店も多いようです。
"新しもの好き"では全然ないワタクシも、ここはこじんまりしてわかりやすく、食べ物屋あり本屋あり雑貨屋ありで、半端の時間で使いやすいので、珍しくもう何回か行ってます。ただし、去年性能の良いカメラ付きケータイの写真をご披露すると言った割には、まだそういう趣味が身についていないと見えて、あまり撮ってはいません。
何しろ、いつも人が多いので、通行人の方々の迷惑になるのと、人中で携帯カメラをかざしているのが私としては恥ずかしくもあり、で余計いいショットは撮れないのです。。。

この正面のおじ様には、肖像権の侵害で、すみません、、、。「ナイショでこんな所に来ていた!」なんてことにはなりませんように・・・。1階正面ですが、この右側はまだ工事中です。
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c0053442_11553152.jpg1階の裏側からです。このへんのケーキ屋さん、けっこう繁盛しています。私も、この左側奥のスティックケーキが好きです。






これは2階の「スープストック東京」c0053442_12145136.jpg
ちょっと最近の私のお気に入りです。
なかなか家庭では作れないような、いろいろな(食べる)スープが味わえます。
お昼や午後に何回かすでに行って経験済み。白米ではない私好みのご飯も選べて、おいしいです。
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# by mitakayoko | 2008-01-24 11:18 | Comments(4)

これからの時代のヌシになる自負?の下に、世の無常を知る中高年だからこその底力とカラ元気を(たまに)放ちつつ、ホージョー記する


by mitakayoko